「THE GARDEN FESTIVAL 2018 vol.3」(ガーデンフェス)に参加しました!
2018.10.12
こんにちは!神奈川トヨタです。
今年で3回目となる「THE GARDEN FESTIVAL」(ガーデンフェス)が、10月7日、8日の2日間にわたり藤沢市にある辻堂海浜公園で開催されました。
神奈川トヨタは、初回から3年連続の参加です。
ガーデンフェスとは、海風が心地よい湘南の芝生の上で遊ぶフェスティバル。1年で最も気持ちの良い季節に芝生の上で、音楽と海風を感じながら美味しいものを味わい、人と人が繋がり、WORLD MUSIC / WORLD FOOD / CRAFT BEER / GREEN / CAFÉ / ART / MARCHEを多くの人が体感し共感する場として、2016年に誕生しました。≪ガーデンフェスHPはこちら≫
神奈川トヨタは、アウトドアショップmyX(マイクス)のグッズ販売ブースの他、今回の特別企画として、1959年製(59年前)のトラック「スタウト」を特別展示しました。
このスタウトは、県内で農業を営む方が所有していたワンオーナー車で、野菜を運ぶだけでなく、家族や友人との間に沢山の思い出をつくり、2005年の排気ガス規制により現役引退するまで大活躍しました。
その後、一度は博物館行きも計画されましたが、縁あって神奈川トヨタに寄贈され、「クルマがある暮らしの楽しさ、便利さ、うれしさ」を後世に伝える為の役目を担い、新車同様にレストアされました。
そして今も、ナンバープレートは販売当時の貴重な「神ナンバー」の為、フェス会場では、「すごいね、神戸から持ってきたんだ」と口にする方がとても多く、「正解は、神戸ではなく、神奈川の神です。」と言うやりとりが沢山ありました。
もう一つ多かったのが、ボンネットのトヨタエンブレムをみて、「すごーい!カタカナでトヨタだって。昔っぽいね!」とスマホでパシャっと撮影。
こうして、「来場者とのふれあい」のきっかけづくりに大活躍のスタウトでした。
オリジナルを忠実に再現したグリーンのボディーは、芝生の上で映え、フェスの雰囲気とマッチして人気の撮影スポットになり、足をとめて写真を撮る方も多く、お子さんを荷台に座らせて記念撮影する光景は、とても絵になりスタウトも喜んでいる様に見えました。
近くのブースで「10分で魔法をかけるプリンセスヘアアレンジ」をやっている美容師さんのグループがあり、アレンジを終えた子供たちもスタウトの前で記念撮影してくれるなど、思いがけないコラボ?も生まれて、ブースの周りは笑顔であふれていました。
こうして、2日間にわたって沢山の方々にスタウトを見て頂き、また、スタウトを通じて色々な方とお話しすることができました。日比谷で行われた最初のモーターショーを思い出し、懐かしんでいた御年配の男性。
旧車好きで、ご自身が所有するMGのことを楽しそうに話していたご夫婦。クルマはこれくらいシンプルなのが良いのよ!と仰っていた犬をつれた女性。
そして、「神奈川トヨタさんは、良いことしてるね!さすがだね。」とお褒めの言葉。これは、最高に嬉しかったです。
ガーデンフェスに来場された方たちが、「自然や音楽を家族や仲間と楽しむ」という文化を体感し、スタウトの展示を通じて、「大切なものを未来につなぐことで生まれる感動、クルマから連想するワクワク感」を感じて頂けたのではないでしょうか。
最後に、このフェスへの参加とスタウトの展示に協力して下さった実行委員の皆様、そして、マナーやエチケットを守ってスタウトをご覧になって頂いた来場者の皆様へ感謝申し上げます。
皆様、今年もありがとうございました!そして、お疲れ様でした!!
箒(ほうき)でゴミを自然に返す
2018.10.08
こんにちは!
ブログ「神奈川 大好き!だって“生まれも育ちも働く場所も神奈川県」のウッチです!
神奈川県は「神奈川プラごみゼロ宣言」を発表しました。
2030年までに、プラスチック製ストローやレジ袋の利用廃止・回収を目指す、というものです。
便利なものを今更やめる、というのは簡単な事ではありませんが、便利さと引き換えに失った大切なものを、また取り戻すチャンスと考えられたらいいのかな、と思いました。
今回はcafe豊作さんの輪から広がった「中津箒(ほうき)」についてお話します。
箒(ほうき)と聞くと学校の掃除の時に使っていたT字のものや、落ち葉をかき集めるものを思い出し、懐かしい気持ちになります。
ご紹介する箒は「座敷箒」といい、主に畳の部屋のゴミを掃除するものです。
日本の昔の家屋は畳や板の間を可動式の襖や障子で仕切った開放的な造りで、テーブルのような動かしにくい家具や動かせない壁はあまりなかったので、掃除には箒が最適でした。
ゴミも、せいぜい砂ぼこりや綿ぼこり・髪の毛などだったので、掃き出し窓から箒で掃き家に入ってきたゴミを“自然に返す”ことで十分だったのです。
時代は進み、家自体の造りや暮らし方、気候などが変わり、掃除の仕方も変わりました。
電化製品の登場により、箒を使う家が少なくなったのです。
また、もともと中津(旧中津村)では箒産業が盛んでしたが、家業として箒を作る担い手が減少していき、現在ではかつての職人も高齢でごくわずかとなってしまいました。
そこで(株)まちづくり山上では、箒づくりの復興を目指して「中津箒」を立ち上げます。
かつての箒製造卸の6代目代表の柳川直子さんは若手の職人の育成に尽力を注いだり、箒の魅力を知って頂く活動を積極的にされております。
次回は、現在に至るまでの6代目代表の柳川直子さんの奮闘についてお話させて頂きます。
(株)まちづくり山上 HPはこちら
クラウン通がかよう 「ひゃくばん倶楽部」 第15話 : 中柱
2018.10.04
「ひゃくばん倶楽部」へようこそ。私の名前は「ひゃくばん」。
この「ひゃくばん倶楽部」の案内人。一般的には、初代クラウンと呼ばれている。
神奈川トヨタのショールームで巡回展示をしている時のことである。
私(初代クラウン)の正面に立って、じっくりと眺めていたご年配のお客様が腕組みをして首をかしげた。
「これはホントの初代クラウンじゃないな?」
トヨタ博物館の初代クラウンはフロントウィンドウが2枚のガラスで中柱があるのに、神奈川トヨタの初代クラウンは1枚のガラスで中柱がない。
これは初代とはいえない、とおっしゃったのだ。
それを聞いたスタッフは「これのことですね。」と、トランクからフロントウインドウの中柱(センターピラー)を取り出してみせた。
「そうこれ!これがなきゃ初代クラウンじゃない。」
お客様のご指摘の通り、初代クラウンが発売された1955年の1月には、曲面ガラスの形成技術が完成していなかったので、中柱の入った2枚ガラスが採用されていた。
同じ年の12月にクラウンデラックスが発売になるとフロント・ウインドウが1枚ガラスになり、これを見た私のご主人は、視界が良くなるからとガラスを交換していたのだ。
その時、捨てられずに残しておいたのがこの中柱だった。
スタッフの説明にお客様もご納得され、そのうえで現在も走り続けている私を褒め称えてくれた。
少し、誇らしげな気分になった私がいたのは言うまでもない。
それではまた、「ひゃくばん倶楽部」で逢おう。
■どうして私が、「ひゃくばん」と呼ばれているのか…ご存知ない方は「ひゃくばん物語」をご覧いただきたい。
【ひゃくばん物語】
私の名前は“ひゃくばん”。1955(昭和30)年生まれの63歳。一般的には初代クラウンと呼ばれている。
「博物館でしかお目にかかれない」などという人もいるが、私は今でも地面さえあれば何処へでも走っていける。
もちろん、こうして今も元気に走り続けていられるのには理由がある…続きを読む
スリッパが繋ぐ地域と商店街の輪
2018.10.01
こんにちは!
ブログ「神奈川 大好き!だって“生まれも育ちも働く場所も神奈川県」のウッチです!
皆様、台風の影響はいかがでしょうか?
今年は台風の当たり年らしいので、まだまだ用心です。
ところで「スリッパ卓球」はご存知でしょうか?
はい、その名の通り、スリッパをラケット代わりに用いる卓球の事です。
このスリッパ卓球、横浜市の全18区、各区1商店街で一般の方により予選会が行われ、今年度は4月1日の都筑区えだきん商店街を皮切りに、11月10日の保土ケ谷区和田町商店街での頂上決戦まで毎月開催されている大規模なイベントです。
基本的なルールはありますが、老若男女が楽しく競えればいい、という事で細かい部分は気にせず主審の判断で進行します(笑)
飛び込み参加OKで、上位入賞者にはその商店街で使える金券が贈呈されます。
卓球が上手い人が必ず勝利する訳ではないのがスリッパ卓球の醍醐味!
もちろん通常のラケットではなく、スリッパで打ち合うという不便さもありますが、屋外で競技を行うため、風の影響を受けやすく、打った球が相手のコートに入ったにも関わらず相手が打つ前に風で押し戻される、なんて事も良くあるそうです!
ピンポン球は日本卓球株式会社から提供されており、通常40mmのところ、大きい方がみんな打ちやすいだろう、という事でラージボールと呼ばれる44mmの球を使用しています。
ところが!大きくなった分、風の抵抗をより受けやすくなり、逆に球の動きが読めないなんてことになり、競技中は珍プレーの続出で競技者も見学者も爆笑の連続だそうです。
今となっては横浜市全区で開催、各新聞紙やNHK、TV番組などでも紹介されるような知る人ぞ知るイベントとなっていますが、元々は和田町商店街にある昭和建設の工藤社長が発起人となり始まりました。
このスリッパ卓球を始めたのにはこんな思いがありました。
“商店街がシャッター通りになっていくのって寂しいじゃないですか。
商店街にあるお店って、道路に向かってショーウィンドーがあってそこにお店の人が肘をついて目の前を通る小学生なんかに「行ってらっしゃい!」とか「おかえり!」とか声をかけて。
いつもの時間にその子が通らなかったりすると心配して、親に直接連絡を入れたりして。
そういう関係性があるからお互い目立って悪い事もできないし、地域の安全を見守る機能も商店街ってあるんですよ。
それがお客様が減ったり、大型店が出来たりで色々な要因でお店を閉めてしまう。
どうにか活気づけたり、人を呼び込むことはできないか、って思ったんです。”
そして昭和建設がある和田町商店街で、遠目から見るだけじゃない、体を動かせる参加型のスポーツゴミ拾いを開催しました。
ゴミの種類や量によって点数と順位が決まり、金券がもらえる、というもの。
とても評判で「次は何をしようか?」となったときに、
「会社の部屋の隅になぜか卓球の球があったんです。それでテーブルがあって。ラケット無いな、って思ったんですけど、足元を見ると“ぞうり”これだ!と思いました」
そこから一気に
2015年 全わだ(和田町)スリッパ卓球選手権
2016年2017年 全ほど(保土ケ谷区)スリッパ卓球選手権
2018年 全はま(横浜市)スリッパ卓球選手権
と発展したのです。
いつもは素通りしているような人が、商店街の飾りつけや、道路に人工芝をひき卓球台を置くことで足をとめてくれる。
また競技参加者も自分の番がくるまで暇つぶしに商店街をウロウロすることで普段知らなかったお店を発見し、その商店街の良さを再認識する、という効果があるそうです。
工藤社長のお話を伺い、もちろん、商店街を明るく元気にしたい、というお気持ちはあると思うのですが、きっとご自身が育ってきた、商店街やお店の主、そこを行き交う人がいる、という懐かしい風景をいつまでも残していきたい、という願いがあるのではないでしょうか?
11月10日(土)の保土ケ谷区和田町商店街の予選には当社の保土ヶ谷店のエンジニアも参加予定です。
白熱&爆笑のスリッパ卓球を応援に、参加をしに、是非足を運んでみてください!
全はまスリッパ卓球選手権大会ホームページ はこちら
昭和建設ホームページはこちら
工藤社長の和田町を熱くする男のブログはこちら
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